とうとう開幕、北京オリンピック!!
4年に一度のスポーツの祭典が開幕。
前回のアテネのときは、アメリカ留学中でした。
その前は、大学休学を決意したシドニー。
とオリンピックのある年は、僕にとっても特別な忘れなれない年になっている。
そこで自分の人生とともに振り返ってみる。
まず私の生まれた1980年は、モスクワオリンピック。
この大会は、当時の世界情勢の影響(冷戦によりアメリカ側の方針のため)日本はボイコットをし、出場していない。
続いて1984年は、ロサンゼルス。
前回出場できなかった日本は、柔道で山下、斉藤が金メダル。さらに公開競技ではあるが、野球も金メダルを獲得している。
野球は、
キューバの出場事態により枠が一つ空いたため、そこに日本が入り込んでの出場だった。
当時、僕は4歳ということで野球に興味を持ち始めたころだろう。
次の大会あたりから僕の記憶も残っている。
1988年ソウル。
実は、この大会は、
名古屋も開催を立候補していたが落選した。
この大会で覚えているのは、鈴木大地のバサロスタートによる金メダルと、陸上のカール・ルイス VS ベン・ジョンソン。決勝は圧倒的なスピードでベン・ジョンソンが優勝。しかし、ドーピングによる失格。
ここで初めてドーピングというものを知った。
次は、1992年バルセロナ。
僕は12歳で、少年野球で
キャプテンを務めていた。
1996年
アトランタ。
柔道・田村亮子は惜しくも2大会連続の銀メダル。
マラソン・有森裕子は2大会連続のメダル獲得となった。
16歳だった僕は、高校1年。高校球児だ。
オリンピックの後(夏の後)の新チームで、最初はベンチ外だったが、県大会本戦で自力で背番号を獲得した。燃えていたときだ。
そして2000年。シドニー。
このときすでに大学休学を決意し、もう一度野球に挑戦しようと覚悟を決めていた。受験勉強を少しずつ始め、たしかファミレス(ガスト)で
勉強していた。そこに大きな
テレビがあってオリンピックが放送sれていたのを覚えている。
柔道・田村亮子の一本勝ちでの悲願の金メダル。そして野村忠宏の圧倒的な強さに魅了された。マラソンでは、
高橋尚子が金メダル。
野球では、アマ・プロ混合チームで挑むも、メダルは獲得できなかった。
前回のアテネ。
僕はアメリカから日本を応援した。
僕の人生のリズムとして、4年ごとにいろいろなことが起こるような気がする。僕自身、オリンピックというのは夢の場所。いつか日の丸を背負って
スポーツの場に立ってみたいという思いはある。
今回の北京で野球が一時競技から消える。
僕個人の意見では、前回から完全にプロチームとなり、アマチュアの夢はプロに奪われたという見方もできると思う。
社会人で頑張っていた選手、
大学生はオリンピックが夢だったと思う。
今回の北京では、金を取ってほしい。
そして、ロンドンの次の2016年では、野球も復活し、アマチュアにもチャンスを与えてほしいと思う。
先のことは置いといて、今回の北京では、ベストを尽くして最高の結果を持って帰ってきてもらいたい。
何かとオリンピックの年は、思い出深い年になる。
今回も僕にとっても良い年にしたい、と思う。
posted by KJ at 00:23| 東京

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